ベトナムの歌謡曲は大きく分けて北(ハノイ)と南(サイゴン)と越僑とに分かれる。その中で私はハノイ派である。保守的で行儀が良くてそしてマイナーな。全国的には圧倒的にサイゴンであり越僑である。
サイゴン派はいわゆるポップスで洋楽のカバーも多い。私が来た97年当時はどこに行っても中島みゆきの「ルージュ」のカバー曲がかかっていた。一度CDの作曲者欄を見たところ外国曲とだけ書いてある。これでは著作権も何もあったもんではない。内容は殆どがラブソング。
次に越僑。これは二系統あり一つはポップス。アメリカで制作された音楽ビデオがたくさん出回っている。一度知らずに借りて90分間じっと見てたが知ってる歌手が一人もいなくて「これは一体なんだ」と思い店の人に聞くと「越僑だ」と言うのでそのとき初めて知った。ハノイで制作される音楽番組とは比べものにならない位画面が洗練されている。かつての「夜のヒットスタジオ」みたいな感じである。もう一つが田舎に行くと大人気の日本流に言うなら演歌である。内容は日本の演歌と同じでひたすら暗い。
最後にハノイ。これは例えて言えば昭和30年代までの日本の歌謡曲。私の耳には非常に心地よい。ポップスの様に若者だけに対象を絞ったりしていない。ラブソングももちろんあるがその他にも家族や故郷、ハノイ等を歌ったものも多い。内容も、より詩的なものが好まれる。高尚すぎて半分くらい内容が分からないと言うようなのがうける。
歌手も北と南ではだいぶ違う。南の歌手は音大出もいるが15〜16才から家計の足しにとライブハウスで歌い始め、スターにと言うのもいる。それと歌の上手さももちろん大事な要素だが、その他にもアイドル系もいればセクシー系もいる。ライブハウスの数もハノイとは段違いに多いのでトークの上手い歌手も多い。
それと比べてハノイの方は十年一日のごとくハノイ音楽学校出身者が歌手になる。在学中から舞台に上がりだし、卒業後本格的に活動を始める。一部には卒業を機会に辞める子もいるが。ハノイで活躍中の歌手は殆ど全てこのパターンである。だからコンサートになると(ベトナムではソロコンサートはめったになく殆どが複数歌手の出演)舞台の上は同音楽学校の先輩後輩OB教官と同音楽学校関係者ばかりになる。こういうところはいかにも社会主義的で面白い。
|