一ヶ月あまり前、ハノイ球技場で行われた野外コンサートに行ってきた。出場歌手は久しぶりの豪華メンバーでサイゴンからも何組か来ていた。
会場が大きい事もありハノイではめずらしく一番安いチケットは2万ドンだった。そのお陰でか多くの若者が見に来ていた。
プログラムは順調に進み前半ハノイの歌手の出番では大勢の観客の熱気で盛り上がってはいたがそれでも想像の範囲内だった。
普通、ベトソ(ベトナム、ソ連)会館で行われるコンサートはチケット代が高い(8万〜12万ドン)事もあり若者の観客が少なく裕福な中高年が多いので観客の反応も大人しいのですが、たまに見本市会場などで大量に観客を詰め込んで行われるコンサートでは一番安い席で2万ドンからあり、そんな時は普段コンサートに行きたくても行けない若者達がどっと押し寄せベトソでは味わえない熱気に包まれます。
前半のハノイの歌手の出番ではちょうどそんな感じだった。ところが残りの歌手が2〜3人になりサイゴンからやって来た今一番の売れっ子歌手が「もうでるか。もうでるか」となってきたあたりから様子が変わってきた。
今まで経験した事のないような異様な熱気が会場全体を包み始めた。そのあたりから私はドキドキし始めた。と言うのもベトナムではよくなんの説明もなく出場予定歌手が出ない事があるので、もしここに来てその歌手が欠席とでも発表があると暴動でも起こるんじゃないかと思えるような雰囲気だったから。
残りあと一組となった時に出てきたのはお待ちかねの人気歌手ではなくその歌手とデュエットで歌う女性歌手だけだった。「これは、やばい」と内心思ったのだが意に反してその女性歌手に大きな声援がとんだ。
とりあえず暴動は避けられたとほっとして歌を聴きその歌手が引っ込んだところで、休みかなと思ってた今日一番の人気歌手が登場した。
その時の観客の興奮ぶりに私は本当に驚いた。普段のコンサートでのハノイ人の冷めた反応に慣れている私には信じられなかった。
ファンの子達が舞台に駆け上がるのをガードマンが制止しにかかり(私は複数のガードマンがファンを阻止するために舞台下に控えているのをハノイでこの時始めて見た)、それでも何人もがそのガードをかいくぐって舞台の歌手に駆け寄ったり。
私の私見では日本のアイドル誕生は昭和三十年代のウエスタンカーニバルからだと思っているのだが。ベトナムのアイドル誕生はこのサイゴンの歌手、ダン・チュオンからだと確信した。 |